ブレンデッド・スコッチウィスキー「オールド・パー」の名称は、152歳の長寿を全うし英国史上最長寿といわれたイングランド人「トーマス・パー(Thomas Parr)」にちなんで名づけられました。
ラベルには彼の肖像画と生没年といわれる年号が記され、ラベルの原画はチャールズ1世が画家のルーベンスに描かせたものを基にしています。
はたしてトーマス・パーとはどのような人物だったのでしょうか?
トーマス・パーは、10人の君主の治世を通じて152年9か月の長寿を全うし、チャールズ1世の命によりウェストミンスター寺院に埋葬されました。ウェストミンスター寺院の情報によると・・・
トーマス・パーは、1483年シュロップシャー郡のシュルーズベリー近くのウィニントンにジョン・パーの息子として生まれました。約80歳のときに最初の妻であるジェーン・テイラーと結婚し、息子と娘を授かったが、どちらも乳児期に亡くなってしまいました。100歳のとき、彼は妻を裏切ってキャサリン・ミルトンという女性との間に不義の子をもうけ、逮捕されたとも教会で懺悔させられたとも言われています。ジェーンの死から10年後、齢122歳の時にジェーンロイドと再婚しましたが、その間に子供はできませんでした。
彼の長寿の秘訣は、グリーンチーズ、タマネギ、粗びきパン、バターミルク、またはマイルドエールの食事と禁煙で、さらに不摂生を避けて頭を冷やし、運動で足を暖かく保ち、早寝早起きだったといいます。
パーの高齢はイングランド中の噂になり、その姿はルーベンスやヴァン・ダイクの絵画にも描かれました。1635年、第21代アランデル伯トーマス・ハワードがパーの元を訪れ、チャールズ1世に拝謁させるためにロンドンへと連れ出しました。チャールズ1世がパーに対し、他者にくらべ特筆する何かを成したことがあるかどうか尋ねたところ、自分は女性問題で教会から課された贖罪を成した
最高齢の人間だと答えたそうです。
パーはロンドンで稀代の人物として注目を浴びることとなりましたが、食事と環境の変化によってその死期を早めたと言われています。
* * *
墓碑銘には、次のように記されています。
「サロップ郡のトーマス・パー、主の年1483年に生誕せり。
10代の英主の御代に生きたり。則ち、
エドワード4世王、エドワード5世王、リチャード3世王、
ヘンリー7世王、ヘンリー8世王、エドワード6世王、メアリー女王、
エリザベス女王、ジェイムズ王、チャールズ王なり。
齢152。1635年11月15日、ここに葬られたり。」